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うたかたの夢

Staff

学生時代、寮で四年間隣合わせた同期と名古屋で会ってきた。

卒業後、彼は一貫してホテルマンを続けた。
おっとりした見かけによらず、短気を起こしては勤務地を転々と渡り歩き、最後は鹿児島県の霧島でホテル勤務にピリオドを打った。その後50代半ばにして、故郷の福井県で小体な居酒屋を開業したのだった。

「夢やったんや」

目を細めて喜んだ彼だが、ところが折りからのコロナ不況と無理がたたって体調を崩し、ようやく手に入れた店を畳んでしまった。
しばらく彼は失意の中にあったが、ちょっとした旅行ならできるほど回復したということで、一泊二日の名古屋旅行となったのだ。

食事も宿も旅のプランはすべて世話好きな彼の立案だった。

人はいいのだが、少し皮肉屋なところと、ここぞという時に伝法に振舞うところがあって、彼はその都度貧乏くじを引いた。木枯らしにさらわれる朽葉のように

「風まかせな半生を過ごしてしまった」と、力無く笑うのだ。


水無月の古宿の窓に、好運と不運で二つに割ったような半月が、すっぽりと収まっていた。
雲をくし削りながら浮かぶ月の光は笑い声もため息に変えてしまう。

私は同期の苦労話に耳を傾けていた。もしも雲間隠れに厄病神がこっそり聞いていたなら、もう勘弁してやれよと言うつもりだった。

星々は静寂の夜空に瞬いていた。

「これでなかなか自由なんだぜ」

彼はきっぱりと言い、ビールグラスの底をくいと差し上げるのだった。月は相変わらず銀色の光で部屋を満たしていた。
 

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