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ラストシーン

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先日、かれこれ二十年来私淑している方とお別れしてきた。

私が四十過ぎで工務店経営の道を辿り始めた頃は、今よりもっと徒手空拳で、
まるで覚束ない足取りだった。

氏と知己を得ることになったのは、ほんの思い付きで受けた講習がきっかけである。

出会った当初は私の浅はかな見識に対して
「何を馬鹿なこと言ってるんだ」
と、こっぴどく面罵されて、わなわなと総身を振るわせたものだ。

けれどもこの日でそれも思い出に書き変わってしまった。

通夜の帰りの道すがらに、喪主として挨拶された奥様の言葉を反芻していた。
「復活を願って止まなかったふるさとの山で、仲間に見守られ夫は息を引き取った」と。

氏がことごとく「自分らしさ」にこだわって求め続けていたのは、
ある意味ふるさとの匂いだったのではないかと、ふとそんなことが脳裏を過ぎる。


車窓には、マンション街の中空で大きな十七夜月がきっぱりと浮かんでいた。
穏やかな月だと私は思った。
左手で頬杖をついて笑顔を浮かべていた氏の遺影にちょうど良く符合していたのだ。

それがラストシーン。

私も頬を緩めていた。
もうあの手厳しい批評を聞けなくなるのはやけに淋しい。
けれどもこの穏やかな月のおかげで、私も幾らか気分を和らげていたのだ。
もう少し話を聞かせてほしかったと心残りはあるけれど、
その代わりにこの夜の月を忘れないでおこうと思ったのだ。

※画像は氏の著作「ラストシーン」。
 

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