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人生別離たる

Staff

老職人が旅立たれた。
父の代からの付き合いで、私が小学生の頃にはすでに気のいい畳職人で、スカイラインのクーペが自慢だった。
コマ回しやけん玉などの昔遊びが滅法上手で、唸りを上げてコマを回しては手のひらにぴたりと載せた。
やんやと子どもらの喝采を浴びて、得意げに小鼻を膨らませた。

仕事に関しては美意識の高い職人で妥協がない。畳を敷き詰める時、最後の二枚をヘの字に召し合わせてゆっくりとはめ込んでいくのだが、その畳が収まる刹那に行き場を失った空気がシュッと音を立てて漏れるのだ。
ヘリとヘリの間に隙はなく、名刺一枚差し込めないだろうと、氏は笑ってタバコを燻らせていた。

寂しくなるなと思ったら泣けてきた。ありし日、深夜の現場で「これ飲み」と手渡された缶コーヒーの味が懐かしくてたまらなくなる。

主を失くした作業場では、気を衒わない素朴な看板が風に任せて揺れていた。
悲しく澄んだ空の青さが、言うに尽くせぬ言葉のように聞こえた。
享年八十一才。亡くなる直前まで畳を作り続けておられたとか。

やっとゆっくりできますね。
今はただご冥福を祈るばかりだ。
 

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